ブラック・ビューティー
●ジョン・サイクス(John Sykes)
●1959年7月29日生まれ イギリス出身


b0054129_22261792.jpg1959年7月29日、イギリスはレディング生まれのジョン・サイクス。
少年時代にスペインのイビザ島に移住、ここで叔父からギターを学ぶ事でギタリストとしての第一歩を歩むことになる。
後に帰国したジョンは本格的にプロ・ギタリストを志す訳だが、そのきっかけはリッチー・ブラックモアやゲイリー・ムーアのプレイに影響されてのようだ。
80年にオーディションを合格しタイガーズ・オブ・パンタンの2枚のアルバムへの参加を経て、82年には今は亡きフィル・ライノット率いるシン・リジィに加入、「THNUDER AND LIGHTNING」(83年)で注目を浴びる。
バンドの解散後、デヴィッド・カヴァーデイルのホワイトスネイクにミッキー・ムーディの後任として加入、別名”サーペンス・アルパス”と呼ばれるアルバム「Whitesnake」(87年)に全面的に参加。
この作品は全米2位にまで昇る大ヒットを記録するが、アルバム発売時点では他のメンバーと共にバンドを解雇されていた。
ドラムにコージー・パウエルもいたというのに、なんてアホなカヴァーデイル…。
まあ、それはさておきジョンはその後、自ら率いるブルー・マーダーを結成し、2枚のスタジオ・アルバムを残した後、このバンドはサイクスと名前を改め、現在もソロ・プロジェクトとして一応、継続中。
また94年からは古巣のリジィの仲間達と、故フィル・ライノットに捧げるトリビュート・ツアーをギター兼ヴォーカルとして行っていたりする。
というか、最近はこっちの方が目立っているんで、自分のバンドの方は一体どないなっとりまんのや?ってな状態でもあるが…。

”殿””殿下”という呼ばれ方もするジョンだが、やはり一番の愛称は”サイクシー”というものでしょうね。
この呼び名は先にも出てきたが、ジョンが敬愛するリジィの今は亡き熱血アイリッシュ・
ロックン・ローラー、フィル・ライノットが与えたもので、リジィ加入当時はそのキレイな金髪と共にメタリックなリフ、そしてマシンガン・ピッキングで話題になったりもした。
あともう1つ話題になったのがジョンの愛器である黒のギブソン・レス・ポール・カスタム、
通称”ブラック・ビューティー”と呼ばれるギターですね。
ホンマ、”ブラック・ビューティー”カッコよすぎ!
そのカッコいいギターで必殺技であるマシンガン・ピッキングなど数々のテクニックを見せてきたジョンだが、攻撃的なソロだけでなく、メロディアスに弾きこなす側面もあって、なかなか奥が深いプレイを披露している。
特にリジィ加入前にフィル・ライノットとの協力(ヴォーカルもライノット)で作った反則的名曲バラード「Please Don't Leave Me」でのギターなんて、ゲイリー・ムーアばりの哀愁に満ちたもので、渋すぎでもう言葉がありませぬ…。
思えばこの共演がきっかけでリジィに加入し、世界に名を広めたわけで、加入前からライノットの事を敬愛してたとは言え、今でも感謝と尊敬の念を忘れないのは当たり前ですな。
ちなみに「Please Don't Leave Me」は92年にデンマークのバンド、プリティ・メイズが気持ち悪い程オリジナルに忠実にカバーしているが、プリティ・メイズ版もかなり良い。
個人的にはヴォーカルのアレンジや声がこの曲にマッチしてるっていう点で、プリティ・メイズ版の方が好きではあるかな。
ライノットが悪いってわけじゃないけど、やっぱライノットはリジィじゃないと。

なんだか今回は横道それまくりで全然ギターの話になってないけど、とにかく変な小細工はナシに、王道的なギターを弾くジョン・サイクスが私は大好きなのだ。
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by sy_rock1009 | 2005-11-23 22:32 | ギタリスト列伝
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